2011年09月04日
ジェンダー
ジェンダーとは…「社会的・文化的な性のありよう」のことです。
「女ならば…」とか「男ならば」…的な、あるいは「女として…」とか「男として…」のような表現で語られるものです。
果たして、それは性別で区別されることなのでしょうか…
そして性別であるべき姿としてしまっていいものなのでしょうか…
私は生物学的に女性性です。
ですが…
社会的な行動やふるまい、対処の仕方が一般的に男っぽいと評価されるところが多々あります。
それは私にとっては自然で当たり前のことなのですが、社会的・文化的には男性的らしいのです。
その枠組みが私には不自由で苦しかったりします。
私は私らしくいたいのに…社会的に文化的に承認してもらえない。
その不自由感や苦悩はなかなか理解してもらいにくいもののようです。
若い頃は逃げて、逃げて…そして戦いまくっていました。
40歳を過ぎたころから逆手にとって使ってやろうと思えるようになりました。
ですが…
いまだにジェンダーは厄介です。
出来れば…
性別を含めない「人として…」で考えてもらえればと思うのですが…
やっぱり私は女性ですし、妻ですし、嫁ですし、母親なのです。
私は私なのに…
苦しい日々はまだまだ続きそうです。
「女ならば…」とか「男ならば」…的な、あるいは「女として…」とか「男として…」のような表現で語られるものです。
果たして、それは性別で区別されることなのでしょうか…
そして性別であるべき姿としてしまっていいものなのでしょうか…
私は生物学的に女性性です。
ですが…
社会的な行動やふるまい、対処の仕方が一般的に男っぽいと評価されるところが多々あります。
それは私にとっては自然で当たり前のことなのですが、社会的・文化的には男性的らしいのです。
その枠組みが私には不自由で苦しかったりします。
私は私らしくいたいのに…社会的に文化的に承認してもらえない。
その不自由感や苦悩はなかなか理解してもらいにくいもののようです。
若い頃は逃げて、逃げて…そして戦いまくっていました。
40歳を過ぎたころから逆手にとって使ってやろうと思えるようになりました。
ですが…
いまだにジェンダーは厄介です。
出来れば…
性別を含めない「人として…」で考えてもらえればと思うのですが…
やっぱり私は女性ですし、妻ですし、嫁ですし、母親なのです。
私は私なのに…
苦しい日々はまだまだ続きそうです。
Posted by Mako Takabayashi at 23:39│Comments(0)
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